初めまして、TORIKKA TABLE & STAYを運営する株式会社NINIの西濱萌根です。
株式会社NINIは、2017年に私と、姉の愛乃が2人で立ち上げた会社で、古いビルを改装して運営するゲストハウス HOSTEL NINIROOM の企画運営のほか、NINIROOMを拠点にデザイン企画や行政の伴走支援など、さまざまな場づくりやデザインプロジェクトを行なってきました。
TORIKKAは私たちの京都に次ぐ、二つめの直営施設として2023年に開業しました。
なぜ、淡路島に拠点をつくるのか
なぜ京都で事業を営む私たちが、淡路島の静かな漁師町である鳥飼浦で新しい場所を作ることになったのか。
実は、ここ鳥飼浦は私たちの祖父の生まれの地で、小さい頃は毎年家族でお墓参りと海水浴に訪れていた場所です。

2021年に、父が祖父の生家の近くに週末を過ごす拠点を作って通い始めたことが、地域の方々と再び交流を深めるきっかけになりました。小さい村なので祖父(村一番の暴れん坊で有名だった!笑)や、幼い頃の父をよく知る知り合いも多く、父の移住に際してもとてもあたたかく迎え入れていただきました。
そんなふうにしてまたこの場所とご縁を深める中で、海水浴場が閉鎖され、取り壊しが決まった海の家を、どうにか残せないかという町内会から父への相談がこのTORIKKAプロジェクトの始まりになりました。
まちと地方の感性を行き来する
2017年に立ち上げた京都のHOSTEL NINIROOMは、私たちにとって初めてのたくさんのチャレンジが詰まった場所であり、大好きな友達が集まる大切な拠点です。「好きな場所で、好きな人と働きたい」という創業時の思いそのままに、国籍や人種、年齢や性別を問わず、私たちの感性に共感してくれる多様な人々と出会い、いつもわくわくする発見や体験に溢れています。

一方で30代前半の創業期から、人生のステージも大きく変化し、新しい出会いを求めて旅行に飛び回る時間よりも、他者と、自分自身と、家族と、よりじっくり向き合う時間の比重が大きくなりました。同時に、鴨川を散歩したり大文字山から夕日を眺めたり、自然を感じながらゆったりと過ごすことも、とても大切な生活の構成要素に。
そしてコロナ禍では、時代の変化に柔軟なNINIROOMのゲストたちが、軽やかに町と地方、日常と非日常を行き来しながら生きる姿を目の当たりにし、今後もっと広がっていくであろう、その軽やかな生き方の影響も存分に受けていたと思います。
「自然豊かな場所で、今の感性を生かした新しい場所を育ててみたい」
「全く異なる環境から得る感性を行き来しながら人生をもっと豊かにしたい」
この挑戦を決意するまでにはさまざまな課題や紆余曲折がありましたが、これらが最終的に決め手となった思いです。そして立ちはだかる壁が高ければ高いほど、一緒におもしろがり、そして真剣に立ち向かってくれるチーム。彼らなしでもこの挑戦はあり得なかったと思います。

変わらぬ景色と変わっていくこれから
約30年前、お墓参りによく通っていたころは沖合の離岸堤坊もなく、TORIKKAの前身である建物は市営の海の家として運営されていたころ。
目の前の海や、北側の磯は、町育ちの私たちにとって大冒険の場所で、普段より生き生きとした父に付いて岩間に張り付いた貝や、磯だまりに取り残された小さな魚やタコを見つけては捕まえようと夢中になって遊んでいました。現TORIKKAである海の家の売店を利用したり、1階のテラスにシートを広げて休憩したり、今と変わらぬ景色の中で幼い頃の自分たちが過ごしていたと思うと感慨深いものがあります。

そしてそれから30年が経ち、またこの場所に通うようになって新しく知ったこと。
当時は泳いで行けなかった沖合の海底のきらめき、季節で変わっていく田園風景や農作物の豊かさ、海を眺めながらのんびり飲むビールの美味しさ。そして毎日目の前の水平線に夕日が落ちる前後、刻々と移り変わる空のグラデーションに包まれる贅沢さも大人になってから知ったことです。
今、淡路島島内では新しい企業や施設が次々と進出しこれからもっと賑やかになっていくんだろうと嬉しい反面、この豊かな景色が失われてしまうのではないかという不安もあります。
私たちは、この建物や景色を残したいと私たちに託してくれた町内の方々の思いをしっかりと受け止め、この地域の魅力をきちんと理解しながら、気持ちよく、持続可能な形で地域とともに場所を育てていけたらいいなと思います。

